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大阪地方裁判所 昭和51年(ワ)2624号 判決

原告 西原伸起

右訴訟代理人弁護士 島武男

被告 大森久雄

右訴訟代理人弁護士 後藤一善

主文

被告は、原告に対し、原告が、別紙物件目録記載の土地建物につき、大阪法務局豊中出張所昭和五〇年一〇月二日受付第二五七二七号をもって経由した所有権移転請求権仮登記の本登記手続をするについて、その承諾をせよ。

被告は、原告に対し、原告が、別紙物件目録記載の土地建物につき、前項記載の所有権移転請求権仮登記の本登記をしたときは、右土地建物を明渡し、かつ、右本登記をした日の翌日から右明渡済に至るまで、一ヶ月金二〇万円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

一、(当事者双方の求めた裁判)

原告訴訟代理人は、第一次請求として、主文同旨の判決、並びに、仮執行の宣言を求め、右請求が認められないときは、第二次請求として、「被告は、原告に対し、金一一二万円を支払うと引換えに、原告が別紙物件目録記載の土地建物につき、大阪法務局豊中出張所昭和五〇年一〇月二日受付第二五七二七号をもって経由した所有権移転請求権仮登記の本登記手続をするについて、その承諾をせよ。原告が右本登記をしたときは、被告は原告に対し、別紙物件目録記載の土地建物を明渡し、かつ、右本登記をした日の翌日から右明渡済に至るまで一ヶ月金二〇万円の割合による金員を支払え。」との判決を求め、さらに、右請求が認められないときは、第三次請求として、「被告は、原告に対し、昭和五三年一一月二九日限り、別紙物件目録記載の土地建物を明渡し、かつ、昭和五三年一一月二九日以降右明渡済に至るまで、一ヶ月金二〇万円の割合による金員を支払え。」との判決を求めた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二、(原告主張の請求原因)

1  原告は、昭和五〇年九月三〇日、訴外株式会社音響機械製作所に対し、金一八〇〇万円を、弁済期は昭和五一年二月一二日とする旨の約定で貸与したところ、その際、訴外横川正雄は、原告に対し、右訴外会社の債務の支払を担保するため、その所有にかかる別紙物件目録記載の土地建物(以下、単に本件土地建物という)につき、債権極度額金一八〇〇万円の根抵当権を設定し、かつ、右債務を弁済しなかったときは、原告の一方的意思表示によりその弁済に代え、本件土地建物の所有権を移転する旨の代物弁済の予約を締結した。そして、原告は、昭和五〇年一〇月二日、大阪法務局豊中出張所右同日受付第二五七二七号を以って、右九月三〇日付代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を経由した。

2  その後、右訴外株式会社音響機械製作所は、昭和五一年一月二〇日頃、銀行取引停止処分を受けて事実上倒産し、原告に対し、その約定期限までに、前項の債務の支払をしなかった。

3  ところで、昭和五一年五月当時の本件土地建物の時価は、約金二八〇〇万円ないし三〇〇〇万円であるところ、本件土地建物には、原告の先順位担保権として、次の如き根抵当権が設定されており、昭和五一年五月当時殆んど極度額に近い債権額が存在していた。

イ  債権者 国民金融公庫

債権極度額 金八〇〇万円

ロ  債権者 豊中信用金庫

債権極度額 金一〇〇〇万円

ハ  債権者 株式会社関西相互銀行

債権極度額 金一〇〇〇万円

したがって、本件土地建物の時価と先順位抵当権者の抵当債権額との差額は、約金二〇〇万円ないし三〇〇万円に過ぎないので、原告は、訴外横川正雄に対し、昭和五一年五月八日到達の書面を以って、前記貸金一八〇〇万円のうち金三〇〇万円の代物弁済として、本件土地建物の所有権を取得する旨の代物弁済の予約完結の意思表示をした。

4  仮に、右代物弁済の予約完結の意思表示が無効であるとしても、本件土地建物の現在の時価額は、金二七五五万五〇〇〇円であるところ、昭和五二年二月一五日現在の原告の先順位抵当権者の抵当債権額は、次の通りである。すなわち、

イ  債権者 国民金融公庫

債権額 金三四五万〇〇三二円(但し、昭和五二年二月一五日現在)

ロ  債権者 豊中信用金庫

債権額 金一〇三四万九五七〇円(但し、昭和五一年六月三〇日現在)

債権者 関西相互銀行

債権額 (1) 金四七三万七七七四円及びこれに対する昭和五〇年一〇月一三日以降年一四パーセントの割合による延滞利息

(2) 金四七六万円及びこれに対する昭和五〇年一一月一一日以降年一八・二五パーセントの割合による延滞利息

そして、豊中信用金庫と関西相互銀行の優先債権の極度額は各金一〇〇〇万円であるから、結局、原告に優先する担当債権のうち、原告の負担すべき額は合計金二三四五万〇〇三二円である。そこで、原告は、昭和五二年一月二七日頃、予備的に、担保提供者である訴外横川正雄に対し、前記本件土地建物の時価額金二七五五万五〇〇〇円から前記金二三四五万〇〇三二円をさし引いた残額金四一〇万四九六八円の代物弁済として、本件土地建物の所有権を取得する旨の代物弁済の予約完結の意思表示をし、右意思表示は、その頃、前記横川正雄に到達した。

5  したがって、訴外横川正雄は、原告に対し、本件土地建物につき、前記仮登記に基づく所有権移転の本登記手続をすべき義務があるところ、被告は、本件土地建物につき、原告の前記仮登記よりも後順位である別紙登記目録記載の登記を経由しているが、右登記は原告に対抗し得ないものであるから、被告は、原告が本件土地建物につき、前記仮登記に基づく所有権移転の本登記手続をするにつき、その承諾をする義務がある。

6  次に、被告は、本件土地建物につき、別紙登記目録記載の登記にかかる停止条件付賃借権の条件が成就した賃借権(以下単に別紙登記目録記載の登記にかかる賃借権という)があると主張して、本件土地建物を占有しているところ、右被告の賃借権は、何ら実体関係を伴わない無効のものであり、仮にそうでないとしても、右被告の賃借権は、原告に対抗し得ないものであるから、原告が本件土地につき、右本登記をしたときには、原告に対し、本件土地建物を明渡すべき義務がある。

7  仮に、右主張が理由がなく、被告が、本件土地建物につき、別紙登記目録記載の登記にかかる賃借権を有しており、かつ、右賃借権がいわゆる短期賃貸借として原告に対抗し得るものであるとしても、右賃借権の期間は、実質的には昭和五〇年一一月三〇日から同五三年一一月二九日までの満三年間であり、かつ、右賃借権は、もともと訴外横川正雄の訴外成安物産株式会社又は同訴外会社から権利を譲受けた被告に対する金一〇〇万円の貸金債務を担保するものであるから、原告が被告に対し、右金一〇〇万円及び右賃借権の残存期間中の賃料計金一二万円、以上合計金一一二万円を支払ったときは、これと引換えに、被告は、原告に対し、原告が本件土地建物につき前記仮登記に基づく所有権移転の本登記手続をするについての承諾をすると共に、本件土地建物を原告に明渡す義務があり、仮にそうでないとしても、右賃貸借の期間の満了する昭和五三年一一月二九日限り、本件土地建物を原告に明渡す義務がある。

8  よって、原告は、被告に対し、第一次的に、原告が本件土地建物につき、前記仮登記に基づく所有権移転の本登記手続をするにつき、その承諾を求め、また、原告が本件土地建物につき右仮登記に基づく所有権移転の本登記手続をしたときは、本件土地建物の明渡を求め、かつ、右本登記をした日の翌日から、一ヶ月金二〇万円の割合による賃料相当の損害金の支払を求め、右請求が認められないときは、第二次請求として、原告が被告に対し、前記金一一二万円を支払うと引換えに、本件土地建物につき、前記仮登記に基づく所有権移転の本登記手続をするについての承諾を求め、かつ、右所有権移転の本登記手続をしたときは、原告に対し、本件土地建物を明渡し、かつ、右本登記をした日の翌日から右明渡済に至るまで一ヶ月金二〇万円の割合による賃料相当の損害金の支払を求め、さらに、右請求が認められないときは、第三次請求として、昭和五三年一一月二九日限り本件土地建物の明渡を求め、かつ、右昭和五三年一一月二九日以降右明渡済に至るまで、一ヶ月金二〇万円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。

三、(被告の答弁及び主張)

1  原告主張の請求原因1の事実中、原告が、本件土地建物につき、原告主張の所有権移転請求権仮登記を経由していることは認めるが、その余の事実は不知。

同2の事実中、訴外株式会社音響製作所が昭和五一年一月三〇日、銀行取引停止処分を受けて事実上倒産したことは認めるが、その余の事実は不知。

同3の事実中、本件土地建物につき、訴外国民金融公庫外二名が原告主張の金額を債権極度額とした根抵当権を設定していることは認めるが、その余の事実は不知。

同4の事実は争う。

同5の事実中、被告が本件土地建物につき、別紙登記目録記載の登記を経由していることは認めるが、その余の事実は争う。

同6の事実中、被告が本件土地建物につき賃借権を有するとして、本件土地建物を現に占有していることは認めるが、その余の事実は争う。

同7の事実中、被告が本件土地建物につき、別紙登記目録記載の登記にかかる賃借権を有しており、かつ、右賃借権がいわゆる短期賃貸借であって原告に対抗し得るものであること、右賃貸借の期間は、実質的には昭和五〇年一一月三〇日から同五三年一一月二九日までの満三年であること、右賃借権は、もと訴外横川正雄の訴外成安物産株式会社に対する金一〇〇万円の貸金債務を担保するものであったこと、以上の事実は認めるが、その余の事実は争う。

同8の事実中、本件土地建物の賃料相当額が一ヶ月金二〇万円であることは争う。

2  被告は、以下に述べる通り、別紙登記目録記載の登記にかかる賃借権を有し、かつ、右賃借権に基づいて、適法に本件土地建物を占有している。すなわち、

(1)  訴外横川正雄は、訴外成安物産株式会社から、昭和五〇年一〇月三〇日金一〇〇万円を、弁済期は同年一一月三〇日の約定で借受け、右同日、その支払を担保するため、訴外横川正雄所有の本件土地建物に根抵当権を設定し、かつ、右金一〇〇万円をその期限に返済しないときは、これを停止条件として、期間満三年、譲渡、転貸のできる特約のある賃借権を設定する旨の停止条件付賃貸借契約を締結したところ、右横川正雄は、右金一〇〇万円をその期限に返済しなかったので、右停止条件は成就し、訴外成安物産株式会社は、本件土地建物につき、現実に右賃貸借を取得したが、登記簿上は、便宜、昭和五一年一月二〇日に至り、同五〇年一二月一日付停止条件付賃貸借契約を原因として、右停止条件付賃借権設定の仮登記を経由した。

(2)  次に、被告は、昭和五一年二月七日、訴外成安物産株式会社から、本件土地建物に対する右根抵当権及び賃借権を、その被担保債権と共に譲受け、右賃借権につき、同月九日、別紙登記目録記載の通りの停止条件付賃借権移転の付記登記を経由したところ、被告の譲受けた右賃借権の期間は、実際は、昭和五〇年一一月三〇日から同五三年一一月二九日までの三年間であり、その賃料は、建物については一ヶ月金五〇〇〇円、土地については一ヶ月金三〇〇〇円であり、かつ、右賃料は既に三年分支払済である。

(3)  そして、右賃借権は、前記の通り実質的に、昭和五〇年一一月三〇日から、存続期間満三年のいわゆる短期賃貸借であるから、民法三九五条の類推適用により、被告は、右賃借権をもって仮登記担保権者である原告に対抗し得るものと解すべきである。けだし、抵当権も仮登記担保権も、債権の担保を目的とするもので、右両者とも同一の目的を有し、かつ、抵当権の実行により、配当、弁済等の手続が存すると同様に、仮登記担保権についても、清算手続を行う必要があるのであって、その法的効果は同一と解せられるし、さらに、近時は、金銭の貸借に当り、債権者は、抵当権の代りに、代物弁済予約等による仮登記担保権並びに短期賃借権を設定しているのが実情であるから、右短期賃貸借が法的保護を受けないこととなると、短期賃貸借の保護を規定した民法三九五条が空文化する虞れがあり、殊に、短期賃貸借権者に悪意がなく、正当な権利者であり、かつ、それが短期である限り、これを保護することによって、著しく仮登記担保権者の権利を害することにもならないので、右短期賃貸借の保護をはかることが、所有権者と賃借権者の権利均衡から考えても妥当であるからである。

(4)  よって、被告は、別紙登記目録記載の登記にかかる賃借権を正当に有し、かつ、右賃借権に基づいて、適法に本件土地建物を占有しているものである。

四、(被告の右主張に対する原告の答弁、主張)

1  被告の右主張事実中、本件土地建物につき、訴外成安物産株式会社及び被告が、被告主張の通りの登記を経由していることは認めるが、その余の事実は争う。

2  次に、訴外成安物産株式会社は、訴外横川正雄から、本件土地建物につき、被告主張の如き停止条件付賃借権の設定を受けたことはない。

すなわち、本件土地建物に対する被告主張の賃借権の賃料は、本件土地については一ヶ月金三〇〇〇円、本件建物については一ヶ月金五〇〇〇円であるところ、本件土地建物の適正賃料は一ヶ月合計金二〇万円であって、右約定賃料とされる額は、右適正賃料に比べ、余りにも低きに過ぎる。なお、本件土地建物の固定資産税 都市計画税だけでも、年額金四万四五三〇円である。したがって、被告主張の約定賃料とされる金員は、仮に賃料の名目があるとしても、本件土地建物の使用収益に対する対価としての意味をもたないものであるから、本件土地建物に対する被告主張の契約は、賃貸借ではなく使用貸借であると解すべきである(最高裁判所・昭和四一年一〇月二七日判決・民集二〇巻八号一六四九頁参照)。

3  次に、仮登記担保には、民法三九五条の適用はない。

すなわち、代物弁済予約による仮登記担保を抵当権と同視すべきであるとして、民法三九五条の類推適用を認めるのは相当ではない。何故ならば、抵当権実行の場合には、抵当権者と異なる競落人が存在しており、競落人は、民法三九五条によって保護される短期賃貸借の存在を公告によって確知し得るのであるが、代物弁済予約による仮登記担保の場合には、代物弁済の予約をしたものと、その予約完結権を行使して所有権を取得するものとが同一人であり、抵当権者と競落人という二つの異る人格が予想されないからである。

4  次に、被告は、訴外成安物産株式会社から本件土地建物に対する停止条件付賃借権を譲受けたものであるが、右成安物産株式会社の有していた右停止条件付賃借権は、抵当権と併用されていたものであるところ、この抵当権と併用される賃借権仮登記の趣旨は、抵当権によって把握された担保価値の維持をはかるためのものであって、目的不動産を独立して処分をする機能を有していないものである。そして、被告は、訴外成安物産株式会社の本件土地建物に対する抵当権と切り離して前記停止条件付抵当権を譲受けその付記登記を経由したものであるところ、右賃借権は、抵当権と切り離されたことによってその目的を失い、消滅したものというべきである。

五、(原告の右主張に対する被告の答弁)

原告の右2ないし4の主張は争う。

六、(証拠関係)《省略》

理由

一、原告が、本件土地建物につき、昭和五〇年一〇月二日、大阪地方法務局豊中出張所右同日受付第二五七二七号をもって、同年九月三〇日付代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を経由していることは当事者間に争いがなく、右事実に、《証拠省略》を綜合すると、原告は、昭和五〇年九月三〇日、訴外株式会社音響機械製作所に対し、金一八〇〇万円を、弁済期は昭和五一年二月一二日とする旨の約定で貸与したところ、その際、訴外横川正雄は、原告に対し、右債務の支払を担保するため、同訴外人所有の別紙物件目録記載の本件土地建物につき、債権極度額金一八〇〇万円の根抵当権を設定し、かつ、訴外株式会社音響製作所が右債務を弁済しなかったときは、その弁済に代え、原告の一方的意思表示により本件土地建物の所有権を移転する旨の代物弁済の予約をしたこと、そして原告が、本件土地建物につき、昭和五〇年一〇月二〇日、右根抵当権の設定登記を経由すると共に、前記仮登記を経由したこと、以上の如き事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

二、次に、訴外株式会社音響機械製作所が昭和五一年一月二〇日頃、銀行取引停止処分を受けて事実上倒産したこと、本件土地建物については、原告に優先する根抵当権として、訴外国民金融公庫が債権極度額金八〇〇万円、訴外豊中信用金庫が金一〇〇〇万円、訴外株式会社関西相互銀行が金一〇〇〇万円、の各根抵当権を設定していること、以上の事実は、当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、《証拠省略》を綜合すると、次の如き事実が認められる。すなわち、訴外株式会社音響機械製作所は、前述の如く、原告から借受けた金一八〇〇万円を、その後その弁済期を経過するも支払わなかったので、原告は、本件土地建物の時価額を金二八〇〇万円ないし金三〇〇〇万円と評価し、また、原告に優先する前記国民金融公庫外二名の根抵当権の被担保債権が合計金二八〇〇万円あると考え、前記担保提供者の横川正雄に対し、昭和五一年五月八日到達の書面をもって、原告の訴外株式会社音響機械製作所に対する前記金一八〇〇万円の貸金債権のうち、取敢えず、金三〇〇万円の支払にかえて本件土地建物の所有権を取得する旨の代物弁済の予約完結の意思表示をなし、なお、過不足あるときは、後日清算する旨の意思表示をしたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

三、しかして、一般に、金銭債権の満足を確保するために、担保提供者の所有の不動産につき、代物弁済の予約を締結し、債務者が債務の履行を怠ったときには、右不動産の所有権を取得して自己の債権の満足をはかることができる旨約し、かつ、所有権移転請求権保全の仮登記を経由したいわゆる仮登記担保権者は、その後債務者が債務を履行しなかったことを理由に右代物弁済の予約完結権を行使したときは、これにより取得した目的不動産の処分権の行使による換価手続の一環として、債務者に対して仮登記の本登記手続及び右不動産の引渡を求め、更に、右仮登記担保権と相入れない後順位の登記を有する第三者に対しては、その抹消又は抹消に代る承諾を求め、また、第三者が目的不動産を占有している場合には、その者が賃借人であるときでもその賃借権が仮登記担保権者において本登記を経由すれば、これに対抗することができなくなるものである限り、本登記を条件として、その第三者に対し、右不動産の明渡を求めることができると解すべきである(最高裁判所・昭和四九年一〇月二三日判決・民集二八巻七号一四七三頁、殊に一四八一頁参照)。ところで、本件においては、さきに認定した事実関係からすれば、原告は右にいわゆる仮登記担保権者であるというべきであるから、訴外横川正雄は、原告に対し、本件土地建物につき、前記仮登記に基づく所有権移転の本登記手続をすべき義務がある。

四、次に、被告が本件土地建物につき、別紙登記目録記載の登記を経由していること、被告が本件土地につき賃借権を有するとしてこれを占有していることは当事者間に争いがない。

そして、右争いのない事実に、《証拠省略》を綜合すると、次の如き事実が認められる。すなわち、

(1)  訴外横川正雄は、訴外成安物産株式会社から、昭和五〇年秋頃ないしは同年一二月頃、金一〇〇万円を借受け、その際右借受金を担保するため、訴外横川正雄所有にかかる本件土地建物に、債権極度額金一〇〇万円の根抵当権を設定し、かつ、右抵当債務金一〇〇万円をその期限に返済しないときは、これを停止条件として、期間満三年、賃料は本件土地については一ヶ月金三〇〇〇円、本件建物については一ヶ月金五〇〇〇円、譲渡、転貸のできる特約付の賃借権を設定する旨の停止条件付賃貸借契約を締結したこと、

(2)  そして、右訴外成安物産株式会社は、その後昭和五一年一月二〇日に至り、本件土地建物につき、便宜、昭和五〇年一二月一日付設定契約を原因とする債権極度額金一〇〇万円の右根抵当権設定の仮登記を経由すると共に、右根抵当権の確定債権の債務不履行を停止条件とした昭和五〇年一二月一日付の停止条件付賃貸借契約を原因とする停止条件付賃借権設定の仮登記を経由したこと、

(3)  次に、被告は、昭和五一年二月頃、右訴外成安物産株式会社に対し、金一〇〇万円の貸金債権を有していたところから、同月七日、右訴外会社から、本件土地建物に対する根抵当権及び停止条件付賃借権をその被担保債権と共に譲受け、同月九日、右停止条件付賃借権につき、別紙登記目録記載の通りの停止条件付賃借権移転の付記登記を経由したこと、なお、右各権利の譲渡については、昭和五一年二月一二日、右成安物産株式会社から訴外横川正雄に対し、その譲渡通知がなされたこと、

以上の如き事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。

もっとも、原告は、右設定にかかる本件土地建物の停止条件付賃借権の賃料は低廉に過ぎるから、右は実質は賃貸借ではなく単なる使用貸借であると主張している。しかしながら、《証拠省略》によれば、本件土地建物に対する固定資産税、都市計画税は、昭和五一年度は年額金三万七六六〇円、同五二年度は年額合計金四万四五三〇円であることが認められるところ、本件土地建物の前記停止条件付賃借権の賃料は、前記の通り、一ヶ月合計金八〇〇〇円、年額金九万六〇〇〇円であって、前記固定資産税、都市計画税の二倍以上であるから、右約定賃料は、本件土地建物の使用の対価をなしているものと認めるのが相当であり、したがって、前記契約は、停止条件付賃貸借契約であって、単なる使用貸借契約ではないと認めるのが相当である。よって、右原告の主張は採用できない。

五、そこで次に、右被告の取得した停止条件付賃借権又はその停止条件が成就した後の賃借権につき、民法三九五条の適用があるか否かについて判断する。

本件土地建物に設定された前記停止条件付賃借権は、民法六〇二条の期間を超えない短期賃貸借であること、及び、右停止条件付賃借権設定の仮登記は、原告の経由している前記仮登記よりも後順位であることは前記認定から明らかである。

ところで、抵当権と共に設定された停止条件付賃借権又は無条件の賃借権は、特段の事情のない限り、その後の第三者の短期賃借権の取得を牽制すると共に、現実に第三者が登記等の対抗要件を備えた短期賃借権を取得した場合には、民法三九五条但書の解除等の手続をとることなく簡便に右短期賃借権を排除し、それにより抵当不動産の担保価値の確保をはかることを目的とするものであって、目的不動産の使用収益自体を主眼とするものではないと解するのが相当である(最高裁判所・昭和五二年二月一七日判決・判例時報八四六号六三頁)。しかして、このように、抵当権と併用された賃借権は、単に抵当不動産の担保価値の確保をその目的とし、目的不動産の使用収益自体を主眼としていないところからすれば、抵当権と併用された賃借権は、その抵当権と運命を共にするのであって、先順位の抵当権者や仮登記担保権者がその担保権を実行するに至ったときは、その抵当権の順位に応じ、目的不動産から優先弁済を受けることができるに過ぎず、先順位の抵当権者や仮登記担保権者に対し、右賃借権を対抗することはできないと解するのが相当である。けだし、民法三九五条は、抵当権設定後に設定された用益権(賃借権)と目的不動産の担保価値を把握した抵当権との調和を目的として規定されたものであって、抵当権に多少の不利益を忍ばせつつ、目的不動産の利益を円滑に行なわせようとしたものであるから、前述のように、目的不動産の使用収益を主眼とせず、単に賃借権と併用された抵当権の把握した担保価値を確保することを目的として設定された賃借権に対しては、抵当権や仮登記担保権の実行後は、その目的不動産に対する使用収益を認めず、専ら右賃借権を併用した抵当権の順位に応じて目的不動産から優先弁済を受けることができるに過ぎないと解しても、右賃借権者に不当な不利益を与えることにはならないからである。したがって、抵当権と併用された賃借権については、それが特に、抵当権とは別個に、目的不動産の使用収益を主眼として設定された等の特段の事情がない限り、民法三九五条の適用はないと解するのが相当である(同旨、東京地裁・昭和四八年六月一九日判決・判例時報七二七号六〇頁、東京地裁・昭和五一年一〇月二五日判決・金融法務事情八一〇号二九頁等)。

これを本件についてみるに、訴外成安物産株式会社が、本件土地建物につき、訴外横川正雄から設定を受けた前記停止条件付賃借権は、抵当権と併用されて設定されたものであって、しかも、右賃借権は、抵当債務の不履行を停止条件とするものであることは前記認定から明らかであり、かつ、右賃借権が本件土地建物の使用収益を主眼として設定された等の特段の事情については何らの主張立証もないから、右停止条件付賃借権は、これと同時に設定された前記根抵当権の把握した担保価値を確保するために設定されたものというべきである。したがって、右停止条件付賃借権ないしその後右停止条件の成就した賃借権については、民法三九五条の適用はないから、訴外成安物産株式会社から前述の根抵当権と共に右賃借権を譲り受けた被告は、右賃借権をもって、本件土地建物の先順位の仮登記担保権者である原告に対抗し得ないものと解すべきである。

六、そうだとすれば、被告は、原告が本件土地建物につき、前記仮登記に基づく所有権移転の本登記手続をするについて、その承諾をする義務があり、また、原告が右仮登記に基づく本登記を経由したときには、本件土地建物を原告に明渡すべき義務があるものというべきである。そして、《証拠省略》によれば、本件土地建物の昭和五一年九月当時における時価額は、金二七五五万五〇〇〇円であること、また、本件土地建物の昭和五一年度の公租公課は金三万七六六〇円であり、昭和五二年度の公租公課は金四万四五三〇円であることが認められるところ、この事実に、《証拠省略》を綜合すれば、原告が将来本件土地建物の所有権移転の本登記を経由したときにおける賃料相当額は一ヶ月金二〇万円を下らないものと認めるのが相当であって、右認定を左右するに足る証拠はない。

七、してみれば、被告に対し、原告が本件土地建物につき前記仮登記に基づく所有権移転の本登記手続をするについてその承諾を求め、また、原告が本件土地建物に、つき、右仮登記に基づく所有権移転の本登記をしたときは、本件土地建物の明渡を求め、かつ、右本登記をした日の翌日から一ヶ月金二〇万円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める原告の第一次請求はすべて正当であるからこれを認容し、訴訟費用につき民訴法八九条を適用し、なお、仮執行の宣言を付することは相当でないのでこれを付さないこととして、主文の通り判決する。

(裁判官 後藤勇)

〈以下省略〉

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